| 駅南地区(泉町・青木町・馬淵) |
| 親子でとなえた賛美歌 |
薮本都代 |
三つの体験
爆弾、焼夷弾、機銃掃射 |
青木宏彰
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| ひとり家族と離れて |
安藤龍男 |
| 疎開した矢先に |
鈴木洋子 |
| 妹の手をとって |
井浪敏雄 |
| 不発焼夷弾が破裂 |
大石惣吉 |
| 煙のむこうに父の姿 |
多々良友彦 |
| 父の日記に当時をしのぶ |
松井龍一郎 |
| 乳母車で必死に |
松永あい |
| 焼け跡にいた妻と子 |
植松 茂 |
| その朝のえんじ色の太陽 |
小林はな |
| 安倍川の水も燃える |
松本興治 |
白骨
異臭の白骨、白骨は火種を拒否、 |
林 令三
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| 職場を守る |
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| 直撃を受けた県庁 |
榛葉英一 |
| 県庁救護所 |
小長谷美都枝 |
| 葵文庫の防火活動 |
加藤忠雄 |
| 断末魔の汽笛 |
服部富士雄 |
| 静岡駅炎上 |
小長谷 実 |
| 静岡郵便局炎上 |
青木 繁 |
| 心の戦災日記 |
池谷秋雄 |
城内東国民学校の戦災記録
一 空襲及び被害の状況
二 被害の前後措置
三 応急復旧の状況 |
縣 春平
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| 御真影を守る |
野田つる |
| 焼け残った校舎が避難場 |
望月八重子 |
| 一番町国民学校の宿直室で |
田村恒雄 |
勤め先の学校へ逃げる
ついに空襲の日が来た、悲しい出来事 |
楠見辰夫
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| 当夜の日赤宿直医として |
山田荘三 |
日赤をまもりぬいた人びと
焼け残った日赤、壕を泳いで手当てを、そこから救
護活動は始まる、平和への願い |
ききがき・吉見和子
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| 護国第三三六五工場 |
市川 等 |
| 理研工場はまもったが |
海野円司 |
空襲直後の食糧配給業務
付 非常配給計画表 |
青島徳治
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| 無事だった静岡浅間神社 |
山川豊次 |
| 静岡刑務所における空襲前後 |
石井信雄 |
| 解説・静岡空襲 |
海野福寿 |
| 一 弾痕のある敷石 |
二 静岡空襲のあらまし
付 第1表 米軍資料による静岡空襲
第2表 深沢氏空襲日記抄(昭和20年1月23日〜昭和20年8月22日)
第3表 警報発令日と発令回数(昭和19年11月1日〜昭和20年8月
9日)
第4表 静岡市空襲(鈴木氏)年表 (昭和19年12月7日〜昭和20年6
月19日) |
三 本土空襲と静岡空襲
付 第5表 県下空襲被害状況(昭和19年11月5日〜昭和20年6月30日)
第6表 静岡市・浜松市の人口推移 |
四 本土決戦体制
付 第7表 学徒隊の編成
第8表 学徒隊の動員状況(昭和20年7月)
第9表 疎開状況調べ |
| 五 六・一九以前の空襲 |
六 六・一九「その日」
付 第10表 六・一九空襲の被害
第11表 交通機関の被害 |
七 焼け跡
付 第12表 救護所・収容所の患者数
第13表 避難所の収容人員 |
| 八 われら無辜の民か |
| あとがき |
小長井良浩 |